一生懸命できることをやるしかない

―― 稽古中に、たとえば他の方に求められたことは、その場ですぐに瞬発力で対応するんでしょうか? これまでにもたくさんの大作に出演されていて、松さんは芝居も歌も器用にできてしまうタイプのような気がします。

 いえいえ(笑)。どちらかというと不器用なほうだと思いますよ。言われたことは、とりあえずやってみるという感じですね。できてもできなくても、とりあえずイメージを持ってやってみることが大事だと思っています。私はあんまり家で予習復習をするタイプではないんですが、稽古場を離れていてもずっと役のイメージをぐるぐる考えていますね。

 それに、歌も最初はコンプレックスからのスタートでした。うまく歌えないし演技も思うようにできない。でもとにかく一生懸命できることをやるしかないな、と思いながらここまでやってきた。監督さんや演出家の方に求められているものがあるとすれば、どうにかしてそれに応えたいなあという気持ちでいつも臨んでいますね。

―― 『アナと雪の女王』で世界中に認められた歌声の主が、コンプレックスを持っていたなんて! 何かを一生懸命頑張っている子どもたちにも勇気を与えるお話ですね。こういう歌声になりたい、という理想の人はいますか?

 色んな方とお仕事をするたび、この人みたいに歌えたらいいなといつも思いますが、印象に残っているのはレア・サロンガというフィリピンの女優さん。『ミス・サイゴン』というブロードウェイ・ミュージカルのヒロインを務めていたのですが、まずアジア人にミュージカルのヒロインの役がある、ということに衝撃を受けました。当時彼女は10代だったんですけど、今はまた当時とは違った歌い方を習得していて。10代の時の歌ももちろん歌えるんだけど、さらに別のテクニックを身につけながら長く歌い続けているというのは素晴らしいと思います。

この舞台は子どもの方が受け入れやすいかも

―― 松さんが主演される今回の舞台は、子どもが観客になることを意識した劇だそうですね。たとえばセリフをゆっくりわかりやすく言うなどといった、いつもとは違う工夫はされているんですか?

 本当はそういうことも気にしたほうがいいのかもしれないですけど、あんまり子ども向けに内容をやさしくするようなことはしていないですね。それは演出の長塚さんの意向でもあります。ただ、わからない言葉が出て来たとしても、視覚的に面白いものになるんじゃないでしょうか。奇妙な世界で、おとぎ話特有の残酷さはあるかもしれませんが、演じる4人の個性がそれぞれまったく違うことも楽しんでいただけると思います。

 子どもって、大人が思っている以上に感覚でしっかりと受け止めてくれてたりしますよね。近藤さんは「大人のほうがむしろ何とかルールや規則を見つけようとしてしまうから、この奇妙な鏡の世界は子どものほうが受け入れやすいかもしれない」と仰っていました。そういう意味では、私達は子ども達を信頼してこの劇を作っているんだと思います。

2012年に上演された舞台『音のいない世界で』(谷古宇正彦撮影)
2012年に上演された舞台『音のいない世界で』(谷古宇正彦撮影)

―― 前作『音のいない世界で』には歌のシーンがありましたね。今作でも松さんが歌うところはありますか?

 今のところはないですね。稽古場は何が起きるかわからない場所ですから、今後はどうなるかわからないですけれど(笑)。

※インタビュー後編は7月9日に続きます(予定)。

(取材・文/かみゆ 写真/猪又直之)