知識を教えるのではなく発想を引き出す

 ポーラ美術館学芸員で、イベントの企画にも携わる東海林洋さんによると、ここでは知識を教え込むのではなく、子ども自身の発想を膨らませることに力を入れているのだそうだ。

「僕らはまず子どもたちに先入観のない状況で絵を見てもらい、“ここで何が起こっていると思う?”と尋ねます。そこがどういう場所か。何が描かれているか。時間は昼か、夜か。そういった質問を繰り出しながら、とにかく子どもたちの言葉を引き出すよう誘導します。それが正解かどうか、が問題ではありません。子どもたちが自分でストーリーを作りだすことで心が活発になり、豊かなアート鑑賞になってゆくのです」

 東海林さんによると、これはニューヨーク近代美術館でアメリア・アレナスという美術史家が開発した『対話型鑑賞法』というメソッドなのだという。

「このメソッドの導入にあたっては、日本ではまだ浸透していなかったこともあって、これが日本人に有効なのか、来場者に満足いただけるのかという議論もあったようです。しかし対象を『子ども』と考えた時、彼らにとって望ましい鑑賞法は『印象派』『キュビスム』といった知識を教えることではなく、美術に触れることが楽しいという思いを持ってもらうことだ、という結論になって、導入することになりました」

 開催してみると、ふだんほとんど初対面の人と話さない子どもが、この鑑賞会ではむしろ積極的に発言したり、ふさぎこみがちなこどもが、大人さえ気づかないことを指摘してくれたり、といったことが毎年起こっている。なぜそんなことが可能なのか。

「おそらく、鑑賞に『発見』と『対話』という要素が加わることで、その場全体が『絵画を含めたセッション』のように、空気が高揚するからではないでしょうか。それこそが美術作品が持つ、一種の効用なのかなと感じます。ぜひ皆さんも、お子さんと試してみてください」

セザンヌを自然の中で楽しむ

 常設展内では、このメソッドに通じる「感性に訴える」鑑賞を、年齢を問わず楽しめるコーナーも展開している。

 9月27日まで開催しているのは「じっくり/JIKKURI04きいて みる」コーナー。モネの絵画『バラ色のボート』をモチーフに、絵の前に立つと、水流やオールのきしみ、木々のざわめきなど、絵の世界の様々な音がかすかに聞こえてくる仕掛けだ。位置によって聞こえてくる音は異なるので、耳を澄ましながら立ち位置を変えてゆくと新たな発見もある。

「JIKKURI」コーナーに展示されたモネの『バラ色のボート』の前で解説する学芸員の東海林洋さん。このコーナーでは最初に用意された紙を「音を立てずに裏返す」エクササイズをし、耳をそばだてる用意ができてから絵の前に立つ。それによってかすかに聞こえてくる自然の音を聞き分けられるようになるという仕組みだ
「JIKKURI」コーナーに展示されたモネの『バラ色のボート』の前で解説する学芸員の東海林洋さん。このコーナーでは最初に用意された紙を「音を立てずに裏返す」エクササイズをし、耳をそばだてる用意ができてから絵の前に立つ。それによってかすかに聞こえてくる自然の音を聞き分けられるようになるという仕組みだ

 東海林さんは「絵画を観る時には作品脇のプレートから情報を得る方が多いかもしれませんが、“説明”を離れてじっくり想像を巡らせながら観る楽しさも知って欲しい。様々なメディアを駆使して、より絵画の奥深さを体験していただけるよう、僕らは工夫を重ねています」という。