安泰企業も潰れる時代、社会で求められる力とは?

藤原 15年ほど前から、僕が一貫して言ってきていることですが、社会構造の変化に伴って、日本の教育は大きなターニングポイントを迎えているんです。たった一つの正解を当てに行く正解主義型の教育から、他者と議論しながらお互いに納得できる最適解を探っていく修正主義型の教育へのシフトが起きています。つまり、社会を生き抜くための“ルール変更”が劇的に起こっているんです。

 背景にあるのが成長社会から成熟社会への転換で、それぞれの社会にとって合理的な教育が求められてきたということ。戦後の高度成長経済においては、国民みんなが欲しいのが家電の三種の神器で、みんなが求めるものを安く大量に作って売る、という“正解”が明らかだった。その正解を疑うことよりも、早く見つけることに価値が置かれ、情報処理型の能力が重宝された。偏差値という縦軸で学力が測られ、高校時の成績レベルで就職の階層まで決まっていく一元的な学力主義が、社会が求める力に合っていたんです。

 それが21世紀に入ると、ガラリと社会の様子が変わった。象徴的なのが1997年の山一證券の破たんで、これまで絶対安泰とされてきた大企業さえも潰れる時代がやってきた。たった一つの正解なんてどこにもなく、答えを自分で作りださないといけない時代。「みんな一緒」の志向から、「一人ひとり違う」の志向へ。「頭の回転の速さ」ではなく「頭の柔らかさ」が問われる世界へ変わった。玩具に例えて言うなら、あらかじめ決められた絵柄と同じ絵柄を組み立てる「ジグソーパズル型」の能力から、見本がない中で自分がいいと思う形をクリエイトする「レゴブロック型」の能力が求められるようになったんです。

子ども達に身につけてほしい「つなげる力」「情報編集力」

 同時に、より重要度を増しているのが「つなげる力」です。自分の脳内の処理能力だけで正解を当てるのではなく、他者の脳とつながりながら、知恵や特技を出し合って、相乗効果を生むようなコミュニケーション能力。

「情報処理力は勉強すれば身につくが、情報編集力は勉強では身につかない」
「情報処理力は勉強すれば身につくが、情報編集力は勉強では身につかない」

 自分とは価値観の違う多様な人々と、いかにうまくコラボできるか。こういった「つなげる力」を育てる教育は、旧式の情報処理型教育ではほとんどできていなかった。これからは、たくさんの情報の中から必要な要素をピックアップして、他者とつながりながら価値のある形に加工していく“情報編集型教育”が必須です。

 子どもたちに与えるべき教育を考える上では、この変化の枠組みについて知っておくことが絶対条件だと思います。

―― 情報編集力こそが生き抜く力になるというのは、とても腑に落ちます。

藤原 目指すべきモデルがないからこそ、難しい時代だとも言えますね。戦後の成長社会には、「憧れのアメリカンライフ」という分かりやすいモデルがあったんです。DUAL世代が子どもだった頃にもアメリカを舞台にしたドラマが再放送されていたでしょう。そこに描かれていたのは、庭付きの一軒家に広いリビングがあって、暖炉とソファがあって…という暮らしの“理想形”。みんなそれを目指せば安心できたんですよね。

 ところが、一通りの豊かさを手に入れた後、日本人は何を目指せばいいのかわからなくなってしまった。次のモデルを、政治家も学校の先生も提示しないまま今に至る。個人それぞれがモデルを探ろうとする価値観も充分に育たなかった。

―― 答えのない時代を生き抜く力を育てるために、親としてできることは何でしょうか? 私は「中学受験」だけがその答えではないような気がしています。