どっちが働くほうが合理的?

Iさん(以下、敬称略) 僕も1人目のときは妻がやればいいという考え方で、9:1か10:0でしたね。産休・育休のときはもちろん、仕事が面白くてしょうがない時期だったので、任せっきりでした。妻が復帰してからもどっちが稼いだほうがいいかでいえば「俺が死ぬほど働いたほうがいいんじゃないの」と思っていました。妻はバックオフィスに回されていたので。

 でも2人目が生まれて、妻がついに爆発。 「つまらない仕事をいつまでやらせるんだ」「一線に立ちたい」とキレて、その圧力に負けて1カ月半の育休を取りました。育休後も妻から「私は前線に戻るからそのためにそっちが仕事調整して」と突きつけられました。自分の年次も上がっていたのである程度コントロールできるようにはなっていて、妻が残業して自分が迎えに行くこともあります。

 仕事の撮影とかで忙しいこともあるので、蓋を開けてみると平日は任せている割合が高いとは思います。でも朝の送りは絶対にやるんですよ。朝3時に帰っても5時に帰っても朝行くのは絶対。そこは許してもらえません。あと帰ってきたら洗濯をする、休日は僕の役割、というのは他の方と同じですね。自分の中ではかなりやってるつもりだけど、妻から見ると認識がずれていると思います。

中野 他の方は夫婦の認識のずれ、奥様から言われること、夫婦としての働き方の課題などありますか?

F 自分がマッチョな考え方なので、妻には「世帯収入を最大化しようよ」という話をしています。妻は今、時短勤務で、同じ会社の同期スタートなので如実に差が出るんですね。給料もそうだし、昇進も2つ下になります。比較優位で、どっちが働いたほうがいいかを考えたら、僕がやったほうがいいわけです。

 そう言うと妻は「私だってやりがい持って働きたい」と言うのですが、正直仕事のアサインメントでも差がついちゃってるんですよね。妻も妊娠前はバリバリ海外とやり取りしていたのですが、今はビジネスの裏のところをやっています。僕は営業で、常に残業は夜0時くらいまであってそれはそれできついのですが、妻は「働けていいわね」という感じです。

G うちも妻は今第一線でないので、やりがいを感じられずジレンマを抱えていて、転職も検討しています。でも「私自身は家計を支えられないから(夫に)働いてもらわないと困る」とは言っています。気持ちとしては楽な仕事をしたいという面もあるのではないかと思います。

F 妻は「今の会社に居続けるなら、責任も無く残業しなくていい一般職への転換がいいかもしれない」と言っています。ただ、一般職にはお局さんとかがいて女性の上下関係がある中で、そう簡単に複線化できないですよね。転職も考えています。

 日本企業の人事制度は終身雇用で、 止まることなく走り続けるように設計されているので、男性優位なんですよね。メンタル的にも自分は60歳過ぎまで働くつもりだけど、彼女はいつか辞めるかもという感じ。それくらいの根性だったら、自分が働いたほうがいいかなと思います。

女性活用ジャーナリスト・研究者の中野円佳さん
女性活用ジャーナリスト・研究者の中野円佳さん

――やりがいを得られない第一線にいる妻達の不満は、まさに『「育休世代」のジレンマ』で分析したジレンマそのもの。夫婦で本を読んでくださっている方もいらっしゃり、男性側が女性のジレンマを理解してくれているのには感慨を覚えました。ただ、夫から見ると「妻はどこかで自分が家族を養わなくていいという甘えの意識がある」「結局いつか辞めるというくらいの覚悟」に見えているようです。それは確かにこの競争社会の中で「甘い」「緩い」のかもしれません。

 『「育休世代」のジレンマ』では、「男(夫)も女(自分)も男なみに」を求める女性を「マッチョ志向」と呼び、背景として新自由主義的な競争社会における優等生達は降りることへの抵抗感が強く「女々しいもの」への嫌悪があるということを指摘しています。妻は、自分が仕事で低評価を受けることに耐えられない。でも「マッチョ」だからこそ、男性優位社会の中で「夫が降りる」ことに対しては、もっと抵抗感は強いわけです。そして妻が降りるほうが夫婦としても合理的に見えてしまう。

 鶏と卵でどちらが先かという話ではありますが、前回座談会にもあったように、女性は子どもを産む前から「このゲームでやっぱり子どもを産んだ女は勝てない」と感じているからこそ、そのような意識になるという面もあると思います。結局「公的領域での決定(=職場で第一線を外されてしまう)が私的領域での役割分担(給料の高く、第一線でやっているほうは育児を担わない)に結びついている」状態に、夫婦で答えを出すのは難しそうだなという印象も受けました。