「今、ここにある奇跡」を話題にしてほしい

 今年、「命の学習」をテーマにしたのには、理由がある。1つは、日本の20代の死因トップが自殺であること。将来、どんな困難に遭っても命を捨てない、命の大切さをわかっている若者に育ってほしい。

 2つ目は、自尊感情を高めるためだ。自分を大切に思う気持ち、自分の命が奇跡的な巡り合わせでここにあるという実感。まずは、生きているだけで素晴らしい。うれしい。その思いがあれば、少々の失敗を恐れずにチャレンジする子どもに育つ。「どうせ私なんて」「どうせ無理」から抜け出して、「これだけ大事な命をもらっているのだから、やってみなければもったいない!」と思えるように。

 3つ目は、妊娠中の女性教員やパートナーが妊娠している男性教員がいて、敷津小におめでた続きが予定されているからだ。2年前に生まれた女性教員の赤ちゃんも、たびたび学校へ来てくれている。「チーム敷津の末っ子」として、みんなでかわいがってきた。今年はチーム敷津に赤ちゃんが増える。それも「命の授業」をやろうと思った理由だ。

息子が生まれて数カ月の姉弟ツーショット。命があふれていて、そして夫にそっくりな2人の顔に苦笑する、大好きな1枚だ。この2人の間にあった命にも、時々思いを馳せる
息子が生まれて数カ月の姉弟ツーショット。命があふれていて、そして夫にそっくりな2人の顔に苦笑する、大好きな1枚だ。この2人の間にあった命にも、時々思いを馳せる

 まず、教職員自身に「自分の命の奇跡」を振り返ってほしいとお願いした。自分や自分の子どもが生まれるに至るまでの間に、親や祖父母世代で何らかの偶然があったのではないか。例えば、私の2人の子どもの間には、実はもう1人いた。稽留流産で、7週目ぐらいで亡くなった子だ。その子がいれば、私は下の息子を産んでいない。今、目の前でプラレールを抱いて寝る息子を見ていると、出会えて良かった、と心から思う。彼の命は、2番目の子の死によってもたらされた。その奇跡に震える。

 今、私の実妹が出産のために長期入院をしている。1人目のときも、切迫早産で長い間寝たきりで粘った。何度もダメかと思うタイミングを乗り越えて、生まれてくれた。妊娠中の女性教員が、大きなおなかを抱えて出勤している。「見た目は1人やけど、2人で毎日出勤してるねんで」。「すごいなぁ」と子ども達と感動する。

 これを読んでいるお父さん、お母さん。自分が生まれたとき、自分の親がうまれたとき、祖父母世代ぐらいまでさかのぼって、「今ここにある奇跡」を子どもと一緒に話題にしてほしい。あなたの命があるのは、奇跡の積み重ね。産まれてくれて、ありがとう。出会った日を思い出せば、毎日の育児疲れもちょっと軽くなる。

 今、一緒に生きているって、素敵やん!