PTAには会計ルールがない

―― さて、森川さんの職業は公認会計士です。それでお伺いしたいんですが、PTAの会計面についてはどう思われますか?

森川 なかなか難しい質問ですね。会計を考えるときに準拠性の問題があります。会計とは会計基準、ルールありきなんです。任意団体であるPTAって会計基準がないんですよね。そうなるとどこによって立つかというと、公正なる会計慣行、過去の事例に倣えとなります。だから慣行に従うべしとなってしまいます。PTAを改革しようとしたとき、その部分はボトルネックになってきます。

 物事を受託したからには、受託した責任が生じます。ですからそこに、説明責任は必ず伴います。そうなったときよって立つ会計基準がないというのは……。

「加入の任意性」よりも大事なのは「活動の自由」


作家・川端裕人さん

―― PTAについて、法律家がはっきりと語るようになったのは最近のことです。自分の入会も退会も選べないという現状の多くのPTAは、「違法PTA」ではないかと言う法律家も出てきました。

 そういう議論を通じて、ふと思ったのですが、PTAに入るか入らないかという部分での自由と、入ることは入るけれど、自分で活動を選ぶことができる――もちろん積極的には活動しないということも含めて――というような「活動の自由」もあるのでは、と。

 まあ、どっちにしても、人に「入れ」とか「これをやれ」とかは、本来、言えないはずですけれど。

森川 PTAの3つの機能を考えたとき、私個人は、保護者はなるべく加入はしたほうがいいと思っています。でも活動は自発的にやらないといけません。できない人はできないのだから、やれと強制できません(森川さんによる「PTAの3つの機能」は「社会教育関係団体としてのPTA」「保護者会」「学校後援会」を指す。参考「横浜市PTA 役員に『PTAの任意加入』を研修」)。

 そうするとPTAには「できない人」と「できる人」が出てくるのは必然ですが、「できない人」と「できる人」が対立するのは、子どもにとっても不幸になります。「できない人」は「できる人」をリスペクトする。「できる人」は「できない人」に理解を示す。そこをクリアしなければなりません。

―― リスペクトや理解を言い過ぎると、ある意味「内面の強制」になってしまう気もしますが、そういうのが自然とできるというのは良いあんばいだと思います。それができているように見えるPTAはあるのでしょうか?

森川 横浜市内にも工夫しているPTAはたくさんあります。例えば、会費を口数制にして「一口いくらでお願いします」「払わなくても大丈夫です」としたり。まあ、ほとんどの人は払っていますが。

 「入らなくていい、とするとPTAが成り立たなくなる」という心配が必ず出てきますが、「みんな、もっと保護者を信用しようよ」と言いたいですね。

 「PTAは任意で加入するもの」という話は横浜市P連であまりにも口にしているので、横浜市内ではこのごろ新鮮味がなくなってきていると感じます。学校単位では学校ごとの差はありますが、ある学校では、保護者の説明時にレジュメを作って、最初から明文化して任意加入であることを明確に伝えています。