流産判定後 さらに迫られる決断

 通常の流産であれば、HCGが下がってきて、そのまま流産となるのだが、私の場合、血液検査の結果HCGだけはぐんぐんと伸びてしまっている。ドクターからは、「胚盤胞を移植した場合、卵管妊娠の可能性は低いが、いずれにしても異常妊娠なので、流産処置を行ったほうがいい」と告げられる。

 選択肢は2つ。Methotrexateという受精卵の成長を止め死滅させる効果のある抗がん剤を使うか、掻爬手術を行うか。

 両方に良い点・悪い点がある。抗がん剤を使った場合、受精卵の成長が必ずしも止まるという保証がなく、もしこれが卵管妊娠で成長が止まらなかった場合は最悪卵管破裂という結果になるが、処置は注射を打つのみで手軽、且つ体への影響も負担も少ない、という。

 掻爬手術は、子宮内でもし出来損ないの受精卵が子宮内で見つかれば、それを体内から取り出すので、子宮の中をきれいにし、且つ体の中からその場で出すので生理サイクルが戻るのも早いし確実だ。しかし、もし子宮内に受精卵が見つからなかった場合は、手術自体が無駄になってしまうそうだ。

 HCGの数値があまりにも高いので、迷っている時間はあまりなかった。私はイチかバチかで掻爬手術を受けることにした。

「不妊治療はやめようか?」の夫の一言に私は即答した

掻爬手術

 全身麻酔で手術を受けるのは私は今回で2回目。いずれも子宮の手術だ。何よりもまた振り出しに戻ってしまったこと、この先私は妊娠をしないのではないかという不安、悲しみ、空虚感という感情が大きかった。

 もちろん仕事なんて手につかない。それどころではない。いつもは元気でアクティブに仕事や学校に行っていた私が何も手に付かず、とにかくひたすら泣いている姿を見て夫が「もう不妊治療はやめようか? ふたりだけでも楽しく生活していけるよ」と声をかけてくれたが、私は速攻で「嫌だ」と応えた。

 今、諦めてしまったら、まだちゃんとやれることを全部やっていない。

 そんな中途半端な所でやめたら、絶対後悔するし、こんなところで諦めるなら初めから不妊治療なんてしなかった。そう反論した思いの中には、不妊治療のためにこれまでに犠牲にしてきたことが頭の中をよぎっていたからだ。

 仕事をしながらの通院が大変だったこと。
 日本への一時帰国を我慢して、不妊治療に専念した日々のこと。
 不妊治療中心に日々のスケジュールを組んで苦労したこと。 自己注射を頑張ったこと。
 もちろん、これまでにかけてきたお金のこと。
 そして、何よりも、頭の中でイメージしてきた、子どもとの生活のこと。

 このやり取り以降、私は泣くのをやめた。

 そして、「何が何でも妊娠してやる!」という気持ちを強く持ち、掻爬手術に挑んだ。掻爬手術は結果的には良い選択だった。子宮内に出来損ないの受精卵が見つかったのだ。手術を行った先生から「全部除去できたので、1カ月か2カ月以内に生理が始まる」と言われ、振り出しに戻ったが、私にはそこにもう落胆はなかった。

 よし、また次頑張るぞ! 次こそ妊娠してやる、このやろう! という気持ちに既に切り替わっていた。

卵子採集・移植・再び妊娠

 以前掻爬手術を経験していたため、だいたいどれくらいに生理が戻るか、私は知っていた。経験というのはとてもありがたいもので、焦りや不安がかなり軽減される。それは不妊治療に限らないのかもしれないけれど。

 案の定、初めの掻爬手術のときと同じく1カ月半で生理が再開した。