聴覚をつかさどる内耳と、脳に音を伝える神経、そして三半規管が、礼夢には全く無いということでした。三半規管が無いから、礼夢は2歳になっても歩けなかったんだ……と、合点がいきました。

 先生からは、「内耳と聴神経が全く無い子には、人工内耳は付けられない」「付けても音をキャッチすることができない」と言われました。聴こえる音を大きくするだけの補聴器をつけても意味が無いとのことでした。

「おなかが空いたの?」「何をしたいの?」……、息子の気持ちが分からなかった

 全く音の無い世界で生きている礼夢。

 実は、それまで、病院から紹介された口話法の教室に通っていました。口話法とは、相手の唇の動きを読んで会話を理解し、補聴器や人工内耳を使いながら、残っている聴力で聞き取り、話すというものです。発声練習もするので、自分で話すことができるようになります。早期教育をすれば、5歳くらいになると相手の口の形で話している内容が分かるようになると聞きました。

 「それができるなら、おしゃべりができるかもしれない。礼夢の声が聞こえるかもしれない!」という期待もありました。でも、2歳になって礼夢に自我が芽生えてきたころから、どんどん礼夢とのコミュニケーションが難しくなっていって……。

 彼が泣いたり、怒ったりしているとき、ごはんの絵を見せて「おなかが空いたの?」と聞いても違う。「どこか行きたいの?」「何をしたいの?」……。いろんな思いを絵に描いて見せても、全然伝わらないのです。

 普段はあまり泣かず、穏やかな性格の礼夢でしたが、このころからかんしゃくを起こすようにもなりました。きっと、彼も苦しんでいたのだと思います。伝えたいことが思うように伝えられないし、分かってもらえないのですから。「ごめんね」と思いながらも、私自身、日々疲弊していきました。

 でも、そんな中でも礼夢とコミュニケーションできる方法が一つだけありました。それは、「おいしいね」というジェスチャー。ほっぺたに手を当てて、「おいしいね」ってすると、礼夢も「おいしいね」って返してくれるんです。何か食べたいときは、口に手を当てて「あむあむ」という表現で伝えてきたんです。

 日ごろから、うれしい、楽しい気持ちを、小さな体を大きく動かして全身で表現していた礼夢。もしかしたら、この子には口話法よりも手話のほうが合っているのかな――。息子にとってどんなコミュニケーションがいいのか、たくさん考えました。そしてその結果、手話を学ぶことにしました。

3歳からろう学校の幼稚部へ。家でも猛特訓!

 3歳からろう学校の幼稚部へ。そこで手話を学びながら、家でも猛特訓です!

 物の名前とその手話を覚えたら、今度は文字。家では絵や平仮名、手話を交互に見せながら覚えさせていきました。家中のものに絵と名前をひらがなで書いて貼りまくって。覚えられるかなと心配だった手話も、礼夢はどんどん覚えていきました。そのそばで、焦る私……。私にとって手話は、初めて英語を勉強するみたいな感覚! 手話サークルにも入って、必死で覚えました。

 今、親子の会話は手話です。食事中は、親子でもぐもぐしながら手話で話しています。私が礼夢を叱るときも、もちろん手話。声が感情によって高くなったり、低くなったりするように、手話にも感情が出ます。怒っているときは手話が早くなることも。

 ちなみに、手話で唯一困るのは車の運転中。運転しているときに話しかけられても「ちょっと待って、ママ、今、手話できない! 振り向けない!」状態になっています(笑)。

 今、礼夢は学校で英語の手話を勉強しています。最近、私が何か言うと、「ママ、それ、NO、NO、NO!」って、人差し指を左右に振ってみせるんですよ。偉そう~(笑)。

 子どもたちの間では、彼らだけに通じる新しい手話もどんどん生まれています。最近だと、「オバケ」と「時計」を表す手話を組み合わせて「妖怪ウォッチ」。なるほどー! こういうのって、手話も言葉も変わらないんだなー、と思います。手話は本当に一つの言語だなと思うんです。


これは「時計」を表す手話。「オバケ」と「時計」を表す手話を組み合わせで「妖怪ウォッチ」