仕事柄、つじつまの合わない数字を放置できず「保育量のニーズ調査」を主導

―― 私もそれとよく似た経験をしたことがあります。区役所で開かれていた子ども政策を考える会議をたまたま見に行って、つい意見を言ってしまったら、それをきっかけにいつの間にかその会議の役員をやることになっていました(苦笑)。

  楠田さんは、子ども・子育て会議の委員として、地域の「保育量ニーズ調査」に関わっていましたよね。シンクタンクやコンサルタント顔負けの精緻な試算、そして、その根拠提示の説得力に感銘を受けました。

楠田 仕事柄、つじつまの合わない数字を見ると放置できない性分で……。僕が関わった「保育量のニーズ調査」は、それを元に地方自治体が保育所の増設や保育内容を決める重要なものです 。保育に使える予算を考えると「ニーズ量」をきちんと把握してこそ「質(保育の中身、どんな保育をするか)」を考えることができるわけです。

 自分の子どもが地域の保育園で楽しく過ごしてきた経験を踏まえると、そういう「高い質」を確保しつつ「量を必要な分だけ確保する」には、現実的なバランス感覚も必要になると考えています。

―― 確か 、楠田さんが補正して試算したニーズ量は、国の示した算定手法で出て来る数字より小さい結果になっていたと思います。

楠田 これは、国の標準手法に難がありましたね。文京区でも、前回(5年前)の計画策定の際のニーズ調査では国の手法をそのまま使ったら、ニーズ量が実際の保育園児数の約2倍になってしまい、「いくらなんでもこれはないから」とその数字は使わない計画になってしまったんですね。そこで、今回改めて、5年前のニーズ調査結果の生データを分析してみました。本当は、実際の数字とその大きすぎる数字の間に狙うべき水準があったはずですから。

 アンケート回答者の偏り(サンプリングバイアス)の補正や、ニーズの切実度の強弱での絞り込みを掛けてみたところ、「待機児童解消も期待できそうな、馬鹿げて大きくもない数字」になることが分かったのです。そこで、今回のニーズ調査では、そういう絞り込みができるように調査票の質問の修正や追加をしました。その結果、実状にかなり近い数量を算定できました 。

現実路線を示したほうが、子どもの環境は守ることができる

―― 確かに、ビジネス感覚で予算立てをするなら、そういうやり方になりますよね。

 さて、通常、働く親は「質の高い保育園をもっとたくさん作ってほしい」と行政に要望します。楠田さんが、客観的な指標を使いつつも、あえて、行政が当初考えていたものより抑え目の試算を出した理由を教えて下さい。

楠田 現実路線を示したほうが、子どもの環境は守ることができる、と考えているためです。現実よりも過大な数量目標を掲げてしまうと「予算を考えるとできるだけ人手は増やさずに」とか、「この数字は使うのはやめよう」とか、下手をしたら「子育て支援のこのサービスは大きすぎるニーズに応えきれないから、やめてしまおう」という議論になりかねません。それを危惧しました。

 そもそも、文京区のみならず、都心では子どもが急増しています。文京区でも未就学児の人口が5年で2割も増えている。そういう中で、実状に合った保育ニーズを試算することは、保育園だけでなく、就学以降、共働き家庭を支える学童保育の維持にも大切だと思いました。

―― 保育ニーズが「大きすぎる」場合、学童保育を維持できない、ということでしょうか?

楠田 簡単に言えば、そうなります。たとえニーズが大きく出ても、保育園の設置は自治体に義務付けられているので、何とか頑張って作るでしょう。でも、学童のほうは、自治体には義務付けられておらず、努力目標になっています。

 その結果、都心部で子どもが増えている自治体では、親の就業形態を問わず「全児童向け、放課後はみんなおいで 」とする代わり、より強いニーズがあるはずの共働き家庭の子どもの放課後に対する配慮としては今一つ、という傾向も見られます。「誰もが使える」ことは一見望ましいですが、「よりニーズの高い子どもが何人くらいいるか」をきちんと把握しないと「全員向けの薄めのサービス」になってしまうのです。