解明された「心と脳の関係」とは

 ここで林氏について少し紹介しよう。同氏は長年、大学病院の救命緊急医療センターのセンター長として130人の医師や看護師を束ねながら、事故や脳の病気で心肺停止、あるいは瞳孔が開いた何人もの瀕死の重篤患者を蘇生させ、社会復帰させてきた。脳内の1㎜の血管に10本の糸を通す脳の手術を幾度となく行い、患者のあらゆる症状と画像解析のデータを取り、脳の損傷部分と思考や感情の関係を研究してきた経験を持つ。

 現場経験のなかで、林氏はそれまでの医学では説明が付かない症例をたびたび目の当たりにしてきた。

 その疑問を解くため、損傷した脳を回復させながら、解明が難しく医学界でもブラックボックスといわれてきた脳と心、そして気持ちがどのような仕組みで作られていくのかを豊富な臨床例から解析した。そして研究から11年後、脳の中で心や考えを生み出す情報伝達ルートをついに突き止めたのである。ちなみに、脳梗塞や脳挫傷、くも膜下出血など、それまでは命が助からないといわれていた重篤患者を蘇生させる「脳低温療法」を編み出したのも林氏だ。

 そもそも、五感から得た情報を脳はどのように取り込み、理解・判断し、思考し、記憶するのか。そして心は、脳のどんな過程を経て生まれるのか。

 林氏の説明によるとこうだ。

 耳や目から入った情報は①「大脳皮質神経細胞」が認知し、②「A10神経群」と呼ばれる部分に到達する。「A10神経群」は、危機感を司る「扁桃核」、好き嫌いを司る「側坐核」、言語や表情を司る「尾状核」、意欲や自律神経を司る「視床下部」などが集まった部分だ。A10神経はいわば感情を司る中枢で、五感から入った情報に「好き」「嫌い」「楽しい」などという感情のレッテルを貼る。そのため、A10神経群が壊れてしまうと「気持ち」を生むことができなくなってしまう。

 レッテルを貼られた感情は、次に③「前頭前野」に入る。ここで情報を「理解・判断」し、自分にとってプラスの情報と判断すると、その情報は④「自己報酬神経群」に持ち込まれ、さらに価値のあるものにするため、「線条体―基底核―視床」、⑤「リンビックシステム・海馬回」に持ち込まれる。このような流れをつくりながら、脳は考える仕組みをつくり出している。

 つまり、大脳皮質神経細胞が認知した情報について、脳は「A10神経群」「前頭前野」「自己報酬神経群」「視床」、記憶を司る「リンビック・海馬回」を総動員して取り組み、思考する。その際②〜⑤の神経群が一つの連合体として機能しているため、これらの神経群を林氏は「ダイナミックセンターコア」と名づけた。ここで、人間の感情や考え、記憶などが発生するのだ。すなわち幼児期からいかにこのダイナミックセンターコアを刺激するかにかかっていると言ってもいい。