働くママ&パパに“効く”言葉や発想を人生の大先輩から伝授してもらう「先輩デュアラーの魔法の言葉」シリーズ。メークアップの第一人者として日本の美容をリードしてきた小林照子さんにお話を伺っています。「演劇のメークアップアーティストになる」という夢を胸に、どんな仕事にも一生懸命に、そして楽しく向き合ってきた小林さん(第2回「夢があれば、どんな仕事も楽しい」)のキャリアは、新たなステージを迎えることになります。

結婚、出産を経て、幼い子を抱えながらも奮闘し、女性達が待ち望んでいた「世界初」をいくつも世に送り出していくのです。そして50歳で、コーセー初の女性取締役に就任。

充実したキャリアを順調に築いていったように見えますが、30歳になるころに迎えた人生の転機、そして企業で働く女性としての人間関係において、悩みや葛藤はなかったのでしょうか。今だからこそ言える「こうすればよかった」という気づきやアドバイスを交えて、お話しいただきます。

私生活では出産・育児、仕事場では大抜てき

メークアップアーティスト・小林照子さん
メークアップアーティスト・小林照子さん

羽生祥子日経DUAL編集長 27歳で結婚し、29歳で出産なさいました。生活や仕事にどのような影響がありましたか。

小林照子さん(以下、敬称略) 仕事を辞めるつもりは全くありませんでした。むしろ子どもが生まれたころから、さらに意欲が湧いてきたくらい(笑)。メークアップは流行を生み出していく仕事。例えば、「育児休暇を取って半年現場を離れてまた復帰しよう」というのはなかなか難しいし、そもそもそんな制度もありませんでした。

 子どもを産んで預け先を探すのに大変な思いをして、本当にてんてこ舞いだった時期に、本社が移転することになりました。その機に新設されたマーケティング部門の中に、美容研究室ができることになり、そこに私が抜てきされたのです。

 理由は、私が「コーセーにはいいメークアイテムが無い」と、ずっと文句を言っていたから。「晴れてメークアップアーティストになれたときに、使いたいものが無いじゃない!」と。マーケティング部門のトップと話すときはいつも文句ばかり言っていました。「褒めるところはないのかよ~」と苦笑いしていたその部長が、私を抜てきしたのです。