本連載を担当する小栗雅裕です。息子は2人で、高校1年生と仕事を始めたばかりの22歳社会人。大人の扉を開き始めた息子達に「大人の世界はこんなに面白いぜ!」と伝えるために、今回は長男と落語を聞きに、落語の殿堂「末廣亭」に行ってきました。

寄席通いの始まり

 その人に出会ったのは東京・新宿三光町の交差点だった。今は新宿5丁目交差点という味気ない名称になっている。

 男性の和服姿を都会の雑踏の中で見たことに、まず新鮮な驚きを覚えた。当時、大学生だった僕は粋という言葉の意味など分かりもしなかったが、藍鼠色の着物で擦れ違う人に軽く頭を下げ、過ぎる姿がさっそうとして、実にかっこよく思えた。

 その人の名は、故・古今亭志ん朝。若くして名人の誉れも高かった。それまでテレビの中でしか見たことのなかった落語家に会うのはそのときが初めてだった。師匠を見て、新宿に末廣亭があることを思い出し、寄席に行けばいつでも落語が聞けると分かり、そこから僕の寄席通いが始まった。

高座(落語の舞台)で主役を待つ座布団とマイク。使う小道具は扇子と手拭い。これだけですべてを演じる
高座(落語の舞台)で主役を待つ座布団とマイク。使う小道具は扇子と手拭い。これだけですべてを演じる

 数多くの飲食店が入居するビルが立ち並び、雑然とした周囲からは一軒だけ違う佇まいの末廣亭。ある休みの日、息子と一緒に何年かぶりに訪れた。

寄席文字と呼ばれる独特の書体の看板が掲げられた末廣亭。江戸文化の香りがする
寄席文字と呼ばれる独特の書体の看板が掲げられた末廣亭。江戸文化の香りがする