長期ファンドを運用するコモンズ投信(東京・千代田区)会長の渋澤健さんの新連載「渋澤 健 チェンジメーカー7つの感情」第1回。「日本資本主義の父」と言われる渋澤栄一氏の孫の孫でもあり、長期的な視野で世界を洞察する傍ら、共働きの3児(14歳、13歳、11歳の男児)の父親でもある渋澤さん。この連載で取り上げるのは、儒教の経書「礼記(らいき)」にある「七情(しちじょう)」。七情とは、「喜・怒・哀・楽・愛・悪(お)・欲」という7つの感情を指します。毎回、ゲストの方にご登場いただき、共働き夫婦が生活や仕事のなかで巡り合う七情について深く考察していきます。最初に取り上げる感情は「喜」です。

わが子が生まれた喜びに目を奪われ、妻の気持ちが見えなくなっていた私

 喜び。気持ちがぱっと晴れる喜びの快さは、まさに生きることの醍醐味です。

 私にとって、その最上の喜びは、自分の子どもが無事に生まれたことでした。小さなわが子をそっと抱くと、喜びのぬくもりが心の中から湧き上がって全身を包み、そのちょっと前まで出産で苦しんでいた妻の顔の表情も穏やかになり、天使のようなほほ笑みが浮かんでいました。この小さな赤ちゃんの存在で、私達3人は「家族」になったんだなと実感しました。

 でも私は、その喜びを胸に、すぐに職場に戻ってしまったのです。子どもと妻を病室に残して……。

 それからの3年弱の間に、2回、同じ喜びを体験し、毎回、子どもと妻を残して、自分は日常の仕事へと戻っていきました。一方、妻の日常生活は、子どもの誕生により激変していきました。

 当時を振り返ってみると、私は父親になったという自分の単純な喜びに目を奪われ、妻の気持ちが見えていなかったかもしれません。NPO法人マドレボニータの代表理事の吉岡マコさんのお話をお伺いしながら、私はそう思いました。

吉岡マコさん
NPO法人マドレボニータ代表理事、産後セルフケアインストラクター

1972年12月生まれ。埼玉県入間市出身。高校2年生男子の母。96年、東京大学文学部美学芸術学を卒業後、同大学院生命環境科学科(身体運動科学)で運動生理学を学ぶ。98年3月に出産し、産後の心身のつらさを体験。同年9月に「産後のボディケア&フィットネス教室」を立ち上げる。産前・産後に特化したヘルスケアプログラムの開発、研究、実践を重ね、2007年11月にNPO法人マドレボニータを設立。全国13都道府県50カ所にて21人の認定インストラクターが教室を開催中。

 吉岡さんからご指摘を受けて、私はちょっと目が覚めました。母親となった女性は必ずしも100%の喜びに満たされない場合があるというのです。

 ややファンキーな風貌で、いつもすてきな笑顔を振りまいて周囲を和ませてくれる吉岡さんですが、17年前に出産された後の体のつらさに悩まされたと言います。しかも、産後の母体の回復をサポートしてくれる制度やサービスは、当時、ほとんど何もありませんでした。

左から、渋澤健さん、吉岡マコさん
左から、渋澤健さん、吉岡マコさん