―― 黒田先生はオープンに専門知識を話してくれたということですが、具体的にはどんな内容だったのでしょう?

哲也 精子を検査するときに、DNAの損傷を見る検査まで行ってもらえました。そのデータを見せてもらいながら、時間と労力と費用をかけて治療をするに値するかに関する説明と、私達の意思を確認する話し合いの場がありました。

久美子 とにかくそれまで掛かった医師は「精子は元気なのが1匹いればいい」と言うばかり。さらに「顕微授精は、自然妊娠と同じくらいのリスクしかありません。顕微授精は安全です」と……。でも、黒田先生は全く逆のことをおっしゃいました。

 黒田先生の長年の研究と臨床経験からの見解は、これまでの医師達とは全く逆の見解でした。一般的に良好精子とされている現状の基準である、見た目の形が良く運動量が多い精子であっても、DNA が損傷している場合も多々あるので、DNAレベルで精子機能の精密検査をしなければ何も判断できない。DNAが損傷している精子で人工的に受精させて移植して妊娠したとしても、正常な胎児成長につながらない場合がある、というのです。

 だから、「見ただけで精子の状態が悪いからという理由で顕微授精をすることは危険です」と黒田先生は強調します。「精子の状態が良い人、言い換えればDNA構造も含めて精子機能が良い人、すなわち精子の質が良い人が、顕微授精の適応にならなくてはなりません」と続けます。でも、「顕微授精で卵子に穴を開けることが、胎児にどのような影響を与えるかについては科学的に解明されていませんので、可能な限り顕微授精をしない方針で妊娠していただくことが安全なのです」と論理的に解説してくださいました。これまでの不妊治療専門クリニックで言われてきたこととは全く逆の説明でした。

―― 山本さんの精子の検査結果は、もう出たのですか?

哲也 はい、黒田先生の特殊技術による精子の診断は、治療の前に高品質の精子を厳選しておくことが必須になるが、妊娠の可能性はある、という結論でした。具体的には、卵子と受精させる前にDNA損傷精子のみならず、機能障害精子をできる限り排除して精子側からのリスクを軽減させ、妊娠を期待させるという方針を伺いました。

「顕微授精にリスクがある」というデータは、患者に明かすべきだ

哲也 もう一つとても大切な話を聞きました。多くのクリニックが根拠としている医学論文は、顕微授精によって生まれた子どもと、自然妊娠の子どもに差はない、つまり「顕微授精と自然妊娠は全く同じですから安全です」というものです。

 ところが予後のデータを取ると、顕微授精で生まれる子どもには高次機能障害などが起きる確率が、自然妊娠の子どもよりも高い。厚生労働省による追跡調査の開始や、調査の結果は発表・報道もされています。(*1

久美子 私達がその説明を受けたのは黒田先生からが初めてで、顕微授精のリスクに驚きました。それまでのクリニックでは、こうしたリスクの説明は全くなく、「顕微授精で生まれた子どもは、自然妊娠の子どもと全く同じです」と言われるだけでしたから。

哲也 新しい発表が完全に正しいかどうかは議論の余地があると思いますが、冷静に考えれば、顕微授精が胎児にリスクがないと完全に証明することのほうが極めて難しいことだと思います。むしろ、これまでの顕微授精が安全ですという発表が完全に正しいのか、議論の余地もあるわけです。一般に報道もされていることなのですから「こうした発表もありますが」と患者に情報の一つとして提示することを、なぜしていないのか納得がいきませんでした。