―― 「痛みに耐えられない人は来なくて結構」という方針だったのですね。

久美子 待合室には、椅子に座りきれないほどの患者が集まっていました。私のように痛みによって挫折する人もいるのかもしれませんが、痛みに耐え得る方、もしくは体質的に痛みを感じにくい方が残って、治療を続けているのかもしれません。

 麻酔をすれば麻酔がさめるまで時間がかかりますので、患者は採卵後すぐに帰れません。でも無麻酔ならば直ちに帰れますから、採卵後の出血や腹痛を我慢してでも素早く帰宅したい患者にとっては、きっと無麻酔採卵は素晴らしいシステムなのでしょう。

 でも、私は患者用ベッドを素早く回転させるために麻酔をしない方針を取っていると理解しましたし、医療従事者である前に人としての人間性がほとんど感じられませんでした。

 私達夫婦の場合、診察していただいたすべての医師から「自然妊娠が難しい」と診断されました。つまり、「治療の中断」はそのまま、子どもを持つことを諦めることを意味します。治療をしながら、2年が経ち、私達は34歳になっていました。夫婦で話し合い、「もう次の医師は探さない。治療をやめよう」と決心しました。

―― それまでに、かなりの時間とお金を費やした、と。

哲也さん(以下、敬称略) 時間は1年と少し。費用はその時点で400万円を超えていました。

一度は諦めた治療を「精子の専門家」のいるクリニックで再開

―― そうしたいきさつがあった後に、黒田先生のクリニックに巡り合ったそうですね? どのような経緯だったのでしょう?

久美子 知人から、精子の専門家が主宰する小規模なクリニックがあるという話を聞きました。伝聞だけでも、今までの医師の考え方とは全く違う。話だけでも聞いてみたいと思いました。

 予約して、早速夫婦で足を運びました。クラシック音楽が流れる個室に通され、ソファに座り、院長の黒田先生とゆっくりと話をすることができました。今度の医師は自分が持っている専門知識についても非常にオープンに話してくれた。仮に治療を始める場合、私達がどのような段階を踏んで、どのようなことをしていくか――、つまり私達に合ったオーダーメードの不妊治療プランについて分かりやすく解説していただけたのです。

哲也 特に、私達夫婦の状態について解説していただけたことが大きかったですね。他のクリニックでも、一般的な血液検査のデータや超音波の所見は持っています。でも「私達にとって、妊娠することがどのくらい大変なのか?」という視点で、納得いく説明を他のクリニックでしてもらえた記憶はありません。

久美子 答えられなかったのか、分かっていたのに答えなかったのか……。

哲也 その病院での治療では妊娠が難しいのなら、「そろそろ切り上げたほうがいいでしょう」と、医師の側から言ってほしかったと思います。そのほうが、次の手を考えられますから。若ければ若いほど、妊娠の確率は上がる。子どもが欲しいと願っている私達には、時間をムダに過ごしている余裕はないのです。

久美子 例えば、「男性不妊にはこういった原因があり、それぞれの人達にはこうした治療をどれくらい行うことで、このくらいの結果が出ることが予想される」程度の話でもよかったんです。これまでの不妊治療専門クリニックでは、そうした話すらなかった。医学的にこちらが納得できる説明が全くなかったんです。