幸運にも1回の人工授精で妊娠

―― もし以前通っていたクリニックへの通院を続けていて、ただ「泳いでいる」というだけの理由で選ばれた精子で顕微授精をし、子どもに恵まれていたら……。その精子のDNAが損傷していたら……、と考えることはありますか?

佐々木 それも、よく考えることです。もし「たまたま」妊娠したとしても、私達が納得して選んだ道ではないですし、一生心配しながら子どもの成長を見守ることになりますから、早い時点でクリニックを変えたことは正しかったと感じています。

―― そして黒田先生の下、人工授精から始められたとのことでしたね。

佐々木 はい、黒田メソッドにより、夫が採取した精液から状態の良い精子(DNA損傷のない精子で、卵子との接着機能や運動代謝機能などにも異常を認めない、質の高い精子)を選別してもらい、同時に細菌やウイルスなども排除された無菌的な状態で子宮に送り込んでもらいました。そして、最初の1回で妊娠し、出産までたどり着きました。

 初回の治療で妊娠していたことが、2カ月後に分かりました。本当に驚きました。

―― 子どもを持ちたいと考えてから2カ月で結果が出たということですね。

佐々木 そうです。その子どもを無事出産し、現在2歳になっています。元気に育っています。出産した当時、私は46歳で夫は52歳。こんな高齢夫婦からよくまあこんな元気な子が、という感じです。

 黒田先生が長年の研究生活から開発した黒田メソッドの原理は、とても論理的で、納得できるものです。「どのような性質を持った精子を受精に用いれば、不妊治療の安全性向上に寄与できるか」という黒田先生の精子側から安全対策を立てていく考え方、すなわち「精子の質の選別と評価」は、「自然に性交で膣内に射精された精液中の精子が、卵管内の卵子まで遡上して到達するまでの間に、精子の質の選別が自然に行われていることを再現すること」です。

 つまり黒田メソッドでは、精子の優劣を人為的につけているわけではないのです。言いかえれば、「自然界に近づける精子側の技術開発が黒田メソッド」であり、命に優劣をつけるようなものではないというところにも感銘を受けました。

黒田先生の解説

 不妊治療の安全性戦略としての具体策ですが、精子側の技術と受精環境の高度化を図ることで、できる限り顕微授精を回避するのです。どうしても顕微授精をせざるを得ない症例においては、精子の品質管理を徹底して、安全性の向上を図ることを提唱しています。

佐々木 黒田先生は「医療行為には必ずリスクが伴う。だから、自然の受精環境に近づけた技術開発が安全。人工的な医療技術の介入を極力減らす技術に徹する。この考え方が黒田メソッドの根源にあります」といつもおっしゃっていました。それゆえに、夫の精子の品質を見てくださったうえで、高齢の私のために、技術を駆使して、自然に近い受精法として人工授精を選択されたのだと思います。