―― ではそのまま出世コースへ?

桑原 いやいや、私の理想は「何でも知っている係長」になることでした。仕事への野心はあるけれども、ポジションに興味は無い。昇進試験にも興味が無く、本当に受けなかった。ところが上司からせっつかれて、一度だけ昇進試験を受けたんです。

―― それに受かったと。

桑原 管理職としての最初の仕事は、杉並区の清掃工場の建設関係でした。現場に行ってみて区民と接することができた。じかに声を聞き、動くと感謝される。それをきっかけに区の職員になろうと思い、希望を出したところ通りました。30代後半のことです。

給与収入400万円以下の世帯は、3歳未満児の保育料を無料に

―― それで渋谷区の職員になったわけですね。教育委員会社会教育部長、企画部長、総務部長、助役…と順調に出世しているように見えます。

桑原 最初は図書館長でした。色々な仕事を経て助役も2期8年やりましたが、あのころは何も分かっていなかった。

―― 「何も分かっていなかった」?

桑原 助役の立場は行政に携わるといっても、区長のやりたいことをかなえる役目です。自分が目立ってはいけない。黒子に徹し、名前も出ないようにしていました。

―― 区長になったのは、周囲から要請されて?

桑原 人から頼まれると、断りきれないんです。仕事に就いたら周囲と衝突しても、とことん信念を通してやってきました。区長になっても、それは同じです。

 でも、私は「これをやりました!」というアピールは好きじゃない。

 「何も分かっていなかった」というのは、最初の2年は「そのときの社会に必要なもの」というトレンドを捉えながら区政を行っていたということです。でも2年経つと、だんだん本質が見えてくる。そこで、見えてきたことを片っ端からやっていきました。

―― 子育て世代向けにしたものがあれば、教えてください。

桑原 例えば、保育料が高いと生活が大変ですから、2010年に、区民の負担を減らしました。3歳児未満の保育を例に取ると、前年度の給与収入400万円以下、給与収入以外の収入がある場合は、総所得が266万円以下の世帯は原則として保育料を無料にしました。