これまで本連載では「仕事」や「子育て」に関する様々な問題を扱ってきました。働く親が必要とする保育園が「足りない」問題、保育園の運営が良くないために起きた事故の問題。「女性だから」と昇進・昇格に男性と大きな差がつく性差別的な人事制度の問題。そして、ひとり親が直面する課題などです。

今回取り上げるのは「子どもの権利」に関する問題です。幼いときに性的虐待を受けたことで精神的疾患を発症し、その後、あらゆる人間関係や仕事を続けること、家庭生活が難しくなってしまった女性の実例と、被害者を救済するために必要な方策についてお伝えします。

 私個人の本音を言いますと、この事件に関する資料を読んでいるだけで、怒りで手が震えてきます。被害者が性的虐待を受け始めたのが、私の娘(3歳)と同年齢だと知ったときは言葉を失いました。私自身は大学で刑事政策を勉強し、加害者にも人権があることは重々承知していますが、この事件の加害者が行ったこと、その後の態度、裁判に一度も出廷せず被害者に謝罪もせずにいるうえ、高等裁判所が命じた損害賠償を不服として最高裁判所に上告していることについて「怒り」以外の感情を持ち得ません。

 以降は感情を極力抑えて書きますので、大変つらい内容ですが、ぜひ、最後までお読みください。

加害者男性は自分の犯罪は認めたが、地方裁判所は損害賠償の請求を退けた

画像はイメージです
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 被害者は北海道釧路市で育った、現在は読者の皆さんと同年代の女性です 。大半の方と違うのは、3歳から8歳までの間(1980年を挟む5年間)、叔父である男性から、複数回にわたり性的虐待を受けてきた、ということです。

 被害者の弁護団が札幌高裁に提出した「準備書面(1)」19ページには、こうあります。「被告(引用者注:加害者)は原告(引用者注:被害者の女性)が成長発達する段階に応じて、加害態様をエスカレートさせ、最終的には強姦をするに至っている」。これは被害者がまだ8歳のときのことです。

 加害者男性は、自分が行った性的虐待の事実は認めています。それにもかかわらず、2013年4月、釧路地方裁判所は被害者女性が求めた損害賠償請求を退けました。ここで加害者の味方をしたのが、民法724条が定める「除斥期間」という概念です。この条文の後段は「不法行為の時」から20年で損害賠償請求の請求ができなくなることを定めています。物をとった、物を壊した、悪口を書いた、著作権を侵害したなどに当てはめれば妥当と思われる「除斥期間」の発想を、子どもに対する性的虐待にも機械的に適用したのです。

 被害者弁護団は控訴し、事件は札幌高等裁判所に持ち込まれました。ここで被害者側弁護団が主張したことの一つは 、子どもに対する性的虐待の場合、除斥期間の計算は、被害者が大人になってから始めるべき、ということでした。

 この事件の被害者は、被害に遭っていた当時に解離性障害(※)、大人になってからPTSD、うつ病などを発症しています。子どものころは被害の意味を理解できず、思春期以降になって初めて受けた被害を認識しました。そして、「自分は他の子と違う。汚れてしまった」といった感情を持ち、対人関係の構築に支障を来すようになりました。結婚後も子どもを持つことに恐れを抱くなど、性的虐待の被害が回復されないことから生じる様々な課題により、人生を大きく損なわれてきました。

※精神疾患の分類の一つ。 自分が自分であるという感覚が失われている状態。