「こうありたい」自分像はどこから輸入したんだっけ?

――どんな人も自分が考える以上に、そういった“イメージ”に縛られていることはあるかもしれないですね。

 意識、無意識にかかわらずありますよ。おなかに手を当ててほほ笑んでいるお母さんの絵とか、何気ないCMとか、それまで読んだり見たりしてきたもので“お母さん的な物語”は自然と刷り込まれてると思います。妊娠や出産は、幸せそのものなんだと。でもそういったものは全部イメージで、誰かが作ってきた物語であって。それをいいと思って乗っかるのは自由だけど、そうじゃないこともあると忘れないでいることがすごく大事だと、私は自分の経験を通しても思います。

 これって、出産・育児に限ったことではなくて、働いている自分、夫婦間における妻とかいろんなことに応用できる。「自分はこうありたい」「こうでなきゃ」って思い込んでいるけれど、それってどこから輸入したんだっけ? と立ち止まって考えてみることは大事ですよね。なりたい自分像に、実は根拠がないことは多いと思うんです。「〇〇しなければいけない」としんどくなったときに、1回自分にツッコミを入れる癖をつけるとちょっと楽になるかもしれません。

 私はおむつ替えのときの「ありがとう」「ごめんね」に対して、あべちゃんはそう思わないと聞いてから、言わないと決めたんです。あべちゃんの意見が正しいと思ったのね。だって、二人の赤ちゃんだし、母親のイメージを刷り込まれていただけだったから。そうしたらすごく楽になった。言葉の力ってある。母親だからやらなきゃというプレッシャーと自主規制を、一個一個減らしていってからすごく余裕ができました。

――最後に、女性の人生の選択肢が増えたなかで今の人生を選ばれた川上さんから、会場にいる女性たちへメッセージをお願いします。

 人生の選択肢が多いのは絶対にいいこと。だから、フェミニズムの本でもいいしブログでもなんでもいいんだけど、いろんな立場の女の人や、女性の問題を自分自身や社会の問題として受け止めている男性の書いたものを読むことをおすすめします。自分にはこの生き方しかない、これしかないんだというのは、思い込みである場合も多いです。いろんな考えに触れることによって、自分を相対化できるし角度をつけることができる

 あんな考え方もできる、こうも考えられると、新しいものの見方を知ったときの感激ってあるじゃないですか。バラエティをとにかく増やしてほしい。増やしたうえで、選ぶか選ばないかはその次でいいと思います。「可能性を広げよう!」っていうポジティブな方向でなくても、苦しさ、寂しさ、生きにくさってものを解消していくためにも有効。実際、私がそうでした。選択肢を増やして、なんとかがんばりましょう!

(構成・文/平山ゆりの)

かわかみ・みえこ 1976年、大阪府生まれ。小説家、詩人、ミュージシャン。2002年ビクターエンタテインメントより川上三枝子名義でデビュー、アルバム『うちにかえろう〜Free Flowers〜』を発表。07年、初の中編小説『わたくし率 イン 歯ー、または世界』が芥川賞候補となる。同作で早稲田大学坪内逍遙大賞奨励賞を受賞。08年に『乳と卵』が芥川賞に輝く。09年、詩集『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』で中原中也賞受賞。同年に長編小説『ヘヴン』を発表し、芸術選奨文部科学大臣新人賞、紫式部文学賞を受賞。13年、短編集『愛の夢とか』で谷崎潤一郎賞受賞。ほかの著書に『すべて真夜中の恋人たち』など。『乳と卵』『ヘヴン』をはじめ、著書は海外数カ国で翻訳されている。

プライベートでは、11年に作家・阿部和重と結婚、翌年長男を出産した。

『きみは赤ちゃん』(文藝春秋)

35歳で初めて妊娠した川上の、発見に満ちた妊娠・出産・育児体験記。「出産編」では、妊娠検査薬で陽性反応が出たのを幕開けに、過酷なつわり時期、悩み考えた末に受診した出生前検査、旺盛すぎる食欲に翻弄される安定期、夫に苛立つマタニティーブルー……と、出産までに起ったことや考えたことを時系列につづっていく。「産後編」では、ベビーシッターに息子を預けて仕事をする揺れや迷い、心身の不調から夫に苛々をぶつける産後クライシスまで言及する。妊娠・出産・育児という個人的な営みをつづっているにもかかわらず、普遍的で共感の詰まった1冊。