「評価面談の時期でもないのに、急に上司に呼ばれ、家庭の状況を聞かれたんです。『奥さんの調子はどうだ?』って。おかげさまでどうにか安定はしていますが、通院に付き添ったりしなければならないこともあるため、ご迷惑をおかけすることがあるかもしれません、とお話ししました。上司は、『そうか、大変だな。何かあったら何でも相談しろよ』と言ってくれたのですが…」

 その1カ月後、人事異動の発表があり、その上司は異動。同じ部署の3年後輩が、後任に昇進した。

 …仕事では、後輩と差がないどころか、彼以上の実績を挙げていると自負している。業務時間内で最大限の効果が発揮できるよう、業務効率化も進めてきたつもりだ。しかし、3年も後輩が、自分より先に昇格した。どうしても、1カ月前の上司とのやりとりが思い出される。あれは、私と彼、どちらを後任にするのか、図るためだったのではないか――。

今の自分にはできないと実感、でも割り切れない自分もいる

 客観的に見れば、会社としては正しい判断だと思う。部署の再編成で以前よりメンバー数が増えたため、上司となった後輩にかかるマネジメント負担は大きく、毎日終電帰りだと聞く。彼の働きぶりを見ていると、今の自分にはとてもできないと実感する。でも一方で、スパッと割り切れない自分もいる。

 「妻の病気は気がかりなままですが、子どもたちは人の痛みが分かるいい子に育った。最近では、近場のスーパーに家族4人でショッピングに出かけたり、一緒に食事を作ったりもするようになりました。うちでは家族揃っての旅行はもちろん、一家での買い物もほとんどなかったですから。これも我が家なりに幸せな家族の形だと感じています。ただ、妻が発症してから13年間、いつも頭の中に家族のことがあり、やりたい仕事に純粋に没頭するという経験をしてこなかった。後輩の昇格を機に、自分だってやりたい仕事にどんどん手を挙げてみたい、何も考えずに仕事だけにとことん打ち込みたい、何ならキャリアだって追求したい…などと、いろいろな思いが湧き起こりました」

 でも、無理なんでしょうね、と宮田さんは少しさびしそうに笑った。先日発表された人事異動では、別部署ではあるが30代の後輩がマネージャーに昇格した。自分より若い人が、どんどん上に行く。しかし、自分は自分――複雑な気持ちを抑えて、今日も宮田さんはぐっと前を向き、色とりどりのおかずで飾られたお手製のお弁当をほおばる。