絵本作家であるかこさとしさんは、戦中・戦後の混乱期を生き抜き、会社員として働きながら、子どもの世界に関わることをライフワークとしてきた。そんな中から『からすのパンやさん』(偕成社)、『だるまちゃんとてんぐちゃん』(福音館書店)などのロングセラー絵本を生み出してきたかこさんが、作品誕生の裏側と、88年の人生を通して学んだ、子どもを育てるために持っておきたい大人の心構えを語る。

前編「かこさとし 思い通りにならないから子どもは面白い」もご覧ください。

子ども時代の「欲しい」から、絵本が生まれた。

――1973年に刊行された『からすのパンやさん』は、4羽の子がらすがいる、からすのパンやさんが舞台。仕事と子育ての苦労から、経営難に陥ったパンやさんを、家族が力を合わせて立て直す物語だ。なぜパン屋を舞台に選んだのか?

 僕の子ども時代、パンは最高のごちそうでした。

 僕は福井県の武生(現・越前市)で生まれたのですが、昭和8年、兄が東京の大学に入学するのを機に、一家で東京に移りました。小学校2年生のときです。

 福井に住んでいるころはパンなんてとても買えませんでしたが、東京に引っ越した後は、時々「パンを買ってもいいよ」と親からお金をもらえるようになりました。当時のお金で5銭だったかな。普段は母親の作るお弁当を持っていくのですが、パン代をもらうと、そのお金を持って、学校の前にある文房具店に飛び込むんです。

 文房具店では、店員さんがブリキ缶に入った「ジャミ」──当時はイチゴジャムのことをジャミって言ったんです──をヘラでかき取ってくれるんですよ。それを食パン2枚に塗りつけて、ぺたんとくっつけて、新聞紙でくるんで「はいよ」っと渡してくれる。それを教室に持っていって食べるんです。これが無上の喜びでした。