僕は1926年生まれですが、僕よりの上の世代の親御さんは、だいたい夫婦で野良仕事へ行ってしまって、子どもなんか放ったらかしでした。昔のことですから、親が留守のときにのこのこと出ていって肥だめに落ちたなんて事故もないわけではなかったけれど、子どものほうもお父さんやお母さんが生活のために一生懸命頑張っているということがだんだん分かってくる。分かってくると、両親の足を引っ張るようなことをせずに、自分で何かをしようとする。お父さん達はくたびれて帰ってくるんだから、せめて風呂の水でも沸かしておいてやろうとか。言われなくてもそういうけなげなことをするようになってくるんです。


「最初から教えなければ何もできない、子どもはそんな生き物じゃない」とかこさん

 親が早く帰って、子どもを着替えさせたり、色々なことをしてあげる必要はない。子どもは子どもなりに考えて、どろんこになって遊んで帰ってきたとしても、「このまま家に上がると親が帰ってきたときに怒られるから、足を洗っておくか」「足を洗うついでに水をくんでやろう」となるんです。そういう子どもの成長を大事にしてあげて、「いいことをやっているね」とそのときにちょっと褒めてあげればいいんです。

 親御さんだって一生懸命頑張っていることを、子どもに「おまえのために頑張っているんだよ」とわざわざ説教する必要なんてないんですよ。「ああ、くたびれた」と帰ってくれば「ああ、かわいそうに」と子どものほうが思う。その感受性をだんだん伸ばしていくことです。そうやって成長していけるのが子どものいいところだと思う。最初から教えなければ何もできない、そんな生き物じゃないんですよ。人間は成長とともに、社会性をどんどん身に付けていく生物なんです。そこが素晴らしい。

 親が全部手取り足取り教えてあげなくても大丈夫。親は一生懸命、社会的な生物として頑張って、子どもはそれを見ながら色々なことを学んでいく。僕は親子ってそれでいいと思うんです。

(後編に続く)

(インタビュー・構成/日経DUAL編集部 大谷真幸 写真/大橋宏明)

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