――そんな父親のことをかこさんは子ども心に「情けないけど、しょうがない」と思っていたという。

 まあ、親のほうから見れば、子どもに対して一心なんでしょう。でも、私のほうからすると、「お金がないのにわざわざ買ってくれなくても」「ねだってもいないのに、無理しちゃってるな」と思ってしまうわけです。子ども心に情けないなあと。「まあ、しょうがない。大人だから子どものことは分からないだろう」と納得していました。

 私にもう少し反骨精神があれば、親父にかみついたのでしょうが、そういう子どもではなかったので、黙って従おうと考えていました。それが世の中の子どもの取るべき態度なのだろうと、ちびのくせに考えたんです。

 世の中の子どもさんには個性がありますから、反骨精神があって「そんなの駄目だ」という子どももいるかもしれません。でも、僕は「駄目だな、分かっていないな」と思っても、あえて何も言わなかった。「こんなものよりももっと欲しいものがあるんだ」とも言わなかった。これは僕だけじゃないと思いますよ。


だるまちゃんの希望をかなえようと色々なものを集めるのだけれど、だるまちゃんの欲しいものはそこにない。そんな父、だるまどんのモデルはかこさんの父親だった(『だるまちゃんとてんぐちゃん』、福音館書店)

 欲しいものは、お金で買えるものではなくてね。自分のやりたいことをやらせてくれる時間だったり、そういうことに挑戦するのを励ましてくれることでよかったんです。そう思っている子どもって多いと思う。でも親がそれを分かっていない。

 だるまどんは、そういう世の中のお父さんの一つの典型みたいな存在です。あのお話を書くとき、立派過ぎる賢夫の代表を出すより、少し抜けた部分のある、人間的なほうが良いだろうと思って登場させました。そうしたら、自分でも気づかないうちに、僕の親父に近い人物像になってしまったんです。

教えなくても、子は育つ。

──数多くの子ども達と出会ってきたかこさんによれば「子育ては、親が全部手取り足取り教えてあげなくても大丈夫」だという。

 親御さんが子どもに一生懸命尽くしたり、時間を取ってあれこれ指導するのは、子どものほうから言うと、ちゃんと受け止められる場合と、余計なことをしてくれるなという場合があると思います。