そして僕が紙芝居を終えると「もう終わったの?」というしゃあしゃあとした様子で戻ってくる。聞いたらみんな、ザリガニやトンボを捕りに行っていたらしい。こんちくしょう、という感じですよ(笑)。


だるまちゃんのモデルになったのは、ボランティア活動をしているときに出会った子ども達だという

 そのころ出会った子ども達には品行方正な子はいませんでした。みんな小憎らしい子ども達。でも小憎らしいから「生きている」という感じもしました。

 だるまちゃんも優等生ではありません。友達のてんぐちゃんが持っているものが欲しくて、父親のだるまどんに「あれが欲しい」「これが欲しい」とねだります。

 そこには、当時出会った子ども達の面影が反映されているのです。

子どもの欲しいものを与えるのが、いい親じゃない

――大正生まれのかこさんが少年時代を過ごしたのは戦前の昭和。工場勤務の父は、三人の子どもを育てるために、一生懸命やりくりをしていた。だるまちゃんの父親のモデルは、そんな実直で真面目だけれど、ちょっと情けない父だった。

 だるまちゃんの父親だるまどんはだるまちゃんにねだられると、その希望に応えようと色々なものを用意します。でも、だるまちゃんが欲しいものはそこにはありません。だるまどんが用意するのは、どこかずれているんですね。

 このだるまどんのモデルは僕の父親なんです。

 今でこそイクメンという言葉がありますが、僕が子どものころだって、世の中のお父さん達の中には子どものことをよく分かっている父親もいたのだと思います。でも、うちの親父は子どものことなんて何も知らない無骨者でした。

 それでも子どもに何かしてあげたいという気持ちはあったんですね。それはちびだった私にも分かりました。分かるんだけど、すれ違うんですよ。親父がすることは私がしてほしいことといつも違うんです。

 僕が小学生のころ、友達で模型飛行機を作るのが流行しました。竹ひごに薄紙を貼った羽根を、背骨の一本棒にくっつけただけの飛行機です。僕も有り合わせの材料で飛行機を作りました。自分で作った飛行機だから、すごくうれしいわけです。でも、僕の作った飛行機を見た親父は、デパートで立派な模型飛行機を買ってきてしまう。

 親父は僕が喜ぶだろうと思ったのでしょうが、僕は内心がっかりしていました。立派な模型飛行機は大して飛ばないんですよ。それより僕が作った飛行機のほうがよく飛ぶんです。僕はそれが作りたくてお金をためていました。立派な模型飛行機は、色々と見たうえで買う必要がないと判断したんです。

 それなのに親父は買ってきてしまう。どうもずれているんですよね。