子どもにとっての一番と、働く親にとっての現実と

 子どもが生まれて色々な新しい世界を知るようになったが、この幼稚園受験もまた、今まで全く知らなかった未知の領域に足を踏み入れたんだなぁという実感がある。まだまだ入り口を入ったにすぎないが、分かったことが一つある。

 子どもを思う気持ちと、共働きの現実との間のどこかで折り合いをつけないとならない

 子どもにとっての一番を追求したいのは山々だが、仕事をしなければならないという事情もある。うまくバランスがとれるような選択をするしかないということだ。

 これはきっと、デュアラー夫婦にとっては、この先ずっと付いて回る現実なのだろう。どこの学校に入るにしろ、どんなお稽古事をするにしろ、全てそれに親がつきあえるかという視点も欠かせない。

 そんな将来への試金石と考えると、やっぱり、幼稚園をなめたらアカン。

夫のアトコメ

 幼稚園をなめたら、アカン、ですか。なるほどね。ま、そういう考え方もあるでしょう。でも、親の仕事の都合などもあって、「上菅田小 → 笹山小 → 大道小 → 乙木小(香川真司と一緒!)→ 朝比奈小」と5つの小学校に通うことになった人間としては、思うところもあるわけです。

 子どもをなめたらいかんよ

 虎に合った幼稚園? ま、どこかにはあるでしょう。でも、人生っていつまでも自分に都合のいい空間で生きていけるもんじゃない。どこかで苦手なことや、まるで知らなかったことに直面する時が来る。そんな時、いろんな状況を経験してるかしてないかで、順応力はかなり違ってくるんじゃないでしょうか。

 合わない幼稚園? 学校? 大いに結構だと思うんですよ。ホントのホントに死にたくなるぐらい合わなかったら、やめりゃいいんだし。

 高校は男子校に進みました。入った瞬間、後悔しました。まるで自分に向いてない。誰かが口をつけた飲み物を呑むなんてとんでもない、てぐらい神経質だった人間にとって、ペットボトルを回し飲みしている集団には強烈な嫌悪さえ覚えました。

 でも、そんな性根は3年間で全面的に改造されました。卒業するときは、骨の髄まで男子校な人間に生まれ変わってました。

 もし、自分にあった合った共学の高校に進んでたら、俺、どうなってたんだろ。