5月25日、大阪市立敷津小学校に着任が決まってから1年2カ月、私に重くのしかかっていた「創立140周年記念式典」を終えることができた。10年に1度の式典に、マニュアルは存在しない。120周年、130周年のファイルや写真が残っていたのには助けられた。あとは、各校でキャリアを積んできた教職員の方で、式典経験者に意見をもらう。さらに、近隣で140周年を行った学校の校長先生を尋ね、資料をいただいて参考にした。

 民間から学校に来たからこそ、「式典」という保守的かつ緊張感みなぎる行事の意義がわかる。会社でもそれなりに創立記念パーティーや式典はあるだろうが、学校の式典の重さは想像を超えていた。卒業式、男性校長の多くがモーニングを着る。女性はロングドレス説と紋付き袴(はかま)説とブラックフォーマル説とさまざまあったが、私は卒業式も式典もロングスカートのブラックフォーマルにコサージュをつけた。敷津小学校140年の歴史の中で、初めての女性校長なので「前例」が無いのだ。最後は自分で決めるしかない。

小学校における「式典」の意義

 卒業式の重さを初体験したのが3月、入学式は2度目なので少し慣れ、未体験の「創立記念式典」でプレッシャーがピークになる。式辞を書き、練習をし、姿勢を正して来賓の前に出る。出迎える場面から、式典は始まっている。いつもは「校長先生!」と抱きついてくる子ども達も、こちらの「オンの顔」を受け止めて神妙にしている。教職員もそれぞれに、式典用のフォーマルな服装で、それでいて細かく気を配りながら来賓客や児童を誘導する。

 「式典」なんて、大人のエゴであり都合であり、悪しき前例と取る人もいるかもしれない.

なにせ、卒業式は私が子どもだったころから、ほぼスタイルが変わらない。児童は在校生と、「力いっぱいがんばった」「運動会!」などと、同じような呼びかけを行う。式辞や祝辞をじっと耐えて聞き、マナーを求められる。個性尊重、世界で活躍する人材を育てろという方向とは、真逆に見えるだろう。

創立140周年記念事業実行委員長から、寄贈品の目録をいただく。目録は百貨店で作成してもらい、受け渡しのマナーも教えてもらった。この仕事をしなければ、一生知らなかったかもしれない
創立140周年記念事業実行委員長から、寄贈品の目録をいただく。目録は百貨店で作成してもらい、受け渡しのマナーも教えてもらった。この仕事をしなければ、一生知らなかったかもしれない

 確かに、そろそろ変えてもいいだろうと思う部分もある。しかし、式典がカジュアルな物になってしまうのは、違う。厳粛にすべき場面の振る舞いを覚え、緊張感を乗り越えて自分の役割を果たす。「見られる」ことで成長する意義は大きい。

 普通、格式張った式典に出席できるのは高学年のみだ。しかし、敷津小学校は全校児童100名足らずのため、1年から6年までが「喜びの言葉」の呼びかけや、全校合唱に参加する。先月の入学式では「お客さん」であった1年生が1カ月足らずで成長し、自分の立ち位置に指示されずに並び、来賓や保護者に向かって歌を歌う。