女性は出産とともに、アイデンティティーを一部修正しなくてはいけない

 赤ちゃんがおなかから出てくると同時に、女性はそれまでのアイデンティティーを一部修正しなければならなくなるのです。

 この急激な変化に戸惑う女性は少なくありません。それまでの「私」のままではいられなくなってしまうのですから。

 確かに、人一人を育て上げるのは大変な仕事です。自分とは違う別人格のために、自分を捧げる毎日なのですから。それが、母性だと言われるなら確かにそうかもしれませんが、母親になっても、やはり持っておきたい「自分」という人格があるのも確かです。

 子育てに集中し専念する女性達は、恐らく自分の人格と子どもの人格を重ねることができるのではないかと思います。

 それは、決して悪いことでも愚かなことでもない。それはそれで、母親としての幸せを生み出していたのではないでしょうか。

 実際に自分のおなかから出てきた子とほとんどべったり一緒に過ごしていると、心から愛おしく思い、ポニョポニョのほっぺを触っては、人生の至福を感じるものです。できることなら、このままずーっとこの幸せな時間が続いてほしいと思うのです。

 しかし他方で、個人の価値観や社会の価値観が多様化し、情報があふれている現代社会では、そのことに集中できない環境が子育て中の女性の周りにあることも否定できません。

 結果として多くの女性にとって、一人の個別人格としての、あるいは一人の女性としての幸せと、母親としての幸せが完全に置き換わることは難しくなってきたのです。

 つまり、それぞれの幸せの意味は、どちらかがどちらかに包含されてしまうのではなく、併存するようになってきたのではないでしょうか。

 時に相反する異なる種類の「幸せ」の間で、それぞれの欲求に折り合いをつけ、そしてその結果をそれまでの自分の人格の中に再統合して、新たな自分を歩き始めるという作業が、実は初めて母親になる女性にとっては、本当の「大変」なことなのではないかと思います。