中川 私は義務教育のうち、半分を戦争中の教育、残り半分は民主主義の教育を受けているんです。戦争中は、みんなで回覧して読んでいたアンデルセンを「外国の本だから」という理由で取り上げられたこともあります。「外国の本を読んでいるのはスパイだ」と校長が朝礼で言うんです。「両親が怪しいことをしていたら、先生に話しなさい」とも言われました。親を密告しろということです。「親孝行をしなさい」と言われたことはありません。それが戦争が終わったら、言うことが180度変わったんですよね。

 戦後まもなく進学した中学校は、小学校の体育館を板で仕切ったものでした。でも、うれしかったのは図書室があったこと。この図書室に、エーリヒ・ケストナーの「ふたりのロッテ」が置いてありました。創刊されたばかりの岩波少年文庫の1冊です。

 岩波少年文庫に描かれていたのは同世代の少年少女。ほかの国の私と同世代の子どもたちがどんな生活をしているかが本に描かれていました。すぐに親に頼んで、少年文庫として出版されたばかりの全冊を買ってもらい、きょうだいで夢中になって読みました。

 保育の道を選んだのも岩波少年文庫の影響だったんです。『ジェーン・アダムスの生涯』という本です。アダムスは貧しい移民のために福祉支援施設(セツルメント)を作った社会運動家。私には彼女の施設が「子だくさんの家の、にぎやかで面白い、ゆかいな子ども部屋」に思えたんです。

 みどり保育園に就職したとき、天谷先生と作ろうとしたのも、この「子だくさんのうちの子ども部屋のような保育園」でした。

女性が自活するのは当然

羽生 お子さんが生まれたとき、仕事を辞めるか、迷わなかったんですか?

中川 全然。

羽生 ご友人やご近所は?

中川 私はあんまり人がどうしたって思わないから。それにうちの夫はサラリーマンではないですからね(中川さんのご主人は画家の中川宗弥氏)。

羽生 もしご主人がサラリーマンだったら、出産を契機に仕事を辞めていた可能性は?

中川 ないでしょうね。私は自分がやりたいから働いているので。女性が自立する、自活するのは当然だと思っているから。