当時、私は「いたどり」という童話を書いている女性5人だけの同人グループに入っていたんです。入ったのは童話が書きたかったからではなく、そこに岩波書店の編集者であるいぬいとみこさんがいたから。彼女が担当していた岩波少年文庫の愛読者だったので、ファンみたいな気持ちで仲間になったんです。

 いたどりのメンバーは、私以外は全員30代で、活躍中のキャリアウーマンばかり。いろいろなことを教えてもらいました。ただ、みんな忙しくて、同人誌を作ろうとしても原稿が集まらない。そこで1人が1冊全部の原稿を書くことにしたんです。これなら書かざるを得ないでしょう。

 でも、順番が回ってきて、困ったのはそれまで何も書いたことがなかった私です。何を書けばいいか分からない。そうしたらいぬいさんたちが「保育園の子に読んで聞かせるお話を書いたら?」とアドバイスしてくれたんです。そうして書いたのが『いやいやえん』でした。

羽生 私も大好きです。もう何度も読んで。さっと書きあがるものなんですか?

中川 とんでもない。大変でしたよ。

何度も書き直してようやく完成

中川 最初に書いた原稿は、いたどりのお姉さんたちに「面白いけど、これは作品ではなく、生活記録ね」と言われたの。そこから何回も書き直しました。生活記録と作品の違いも分からないし、生活記録からどう抜け出したか自分じゃ分からない。何回も書き直して、何回も読んでもらった。何度書き直したか覚えていないくらい。そうして『いやいやえん』ができたんです。

羽生 『ぐりとぐら』はどうやって生まれたんですか?

中川 当時、保育園で一番人気があったお話が「ちびくろさんぼ」。特に好きだったのが、トラがバターになって、そのバターでホットケーキを作るところです。

 当時はまだホットケーキを食べたことがない子どもが少なくなかった。そこで天谷先生が保育園でホットケーキを作ってごちそうしたんです。子どもたちは大喜びで両親にその話をしたのね。ただかなり大げさに伝わったらしくて、保護者の方々から「保育園で素晴らしくおいしいホットケーキを焼いていただいたそうで」とお礼を言われた。本当は普通のホットケーキで、しかも1枚を2人で分けたのに(笑)。さんぼは1人で169枚食べたのよ。

 それが申し訳なくて、もっとおいしいものをごちそうしたいと思ったんです。「ホットケーキよりもいいものを」と考えたときに頭に浮かんだのがカステラ。そこで、みどり保育園の子どもたちにとびきり上等のカステラを作る話をプレゼントすることにしたんです。

(第2回、第3回に続く)

(構成/日経DUAL編集部 大谷真幸、写真/鈴木愛子)