川田さんの会社では、営業経験のある男性社員は30代に地方支店で管理職を任され、マネジメント経験を積んで本社に戻り、役職に就くというキャリアステップを踏むケースが多い。地域限定職では、その経験を積むことができない。結果として昇進のスピードも遅くなってしまうのだ。

 「周りはみんな『奥さんはともかく、お前まで地域限定社員にならなくてもいいのでは?』と止めました。『いざ転勤の辞令が下りたら、そのときに交渉すればいいんだから』という人もいました。でも、転勤を命じられてからゴネるのはフェアじゃないと思った。減収は痛いし、出世のことも全く気にならないと言えばウソになるけれど、迷いはありませんでしたね」

 背景にあったのは、家族に対する並々ならぬ想いだ。川田さんは商売人の家庭で育ったせいか、子どものころから合理的な考え方をするタイプだったという。「親に怒られるから、勉強した方がいい」「就職で苦労したくないから、そこそこいい大学に行っとこうか」という視点で自分の行動を判断してきた。そこに熱い思いや向上心などは、一切なかったという。

子どもが生まれ、自分に欠けていたパーツが見つかった

 「どうしても○○がしたい!○○に行きたい!と思ったことはほとんどなく、『そつなくこなすことばかりに力を注いできた人生』だったんです。だから、自分の計画外のことが起こるとイライラしたり、自分に影響する人の細かい行動や言動が必要以上に気になったり。人間的に欠けている部分があると自覚していました。でも、結婚して子どもが生まれて、欠けていたパーツが“パチン”とはまった気がしたんです」

 妻は、何があっても大らかに受け入れるタイプ。彼女といると、「些細なことなんて気にしないでいいや」と思えた。そして家に帰れば、2人の子どもたちがドタバタと家中を駆け回り、「おかえりなさい!」と満面の笑顔で迎えてくれる。こちらも自然に、笑顔になれた。