結局、泣き疲れて眠るまで奴は泣き続けた。時間にして2時間余り。「お前は河島英五か……」(「酒と泪と男と女」で有名なフォークシンガー)などと突っ込む余裕などあるはずもなく、虐待の衝動に身を委ねずに済んだ幸運に安堵しながら、わたしも倒れ込んだ。
急速に薄れゆく意識の中で、わたしは思った──許せん。
泣くのは赤ちゃんの仕事だという。それは分かる。かまわんぞ、大いに泣いていい。だが、俺がいなくなっても平然としているくせに、母親がいなくなった途端に人生最大の大号泣というのは、まったくもって納得がいかん。
だいたい、世の中の47歳日本人男性の中でひょっとしたらベスト100に入るぐらい子育てを頑張ってる俺に対し、あの「お前じゃねーんだよ、お前じゃヤなんだよ」的な態度はなんだ?
人の上に人をつくらず。それが人間。犬は家の中で一番偉い人とそうでない人とでは態度を変える。いくら普段3匹のダックスフントと生活をともにしているからって、お前まで犬の真似をしなくてもいいだろうが。だいたい長女まくら(13歳・♀)は俺が家で一番偉いと思ってるぞ、あ? あ? あーっ?
……と、意識はそのあたりで途絶えた。
息子に対する猛烈な怒りに打ち震え……、い、いや、でも、しかしながら
2時間後、ガタガタいう物音で目が覚めた。朦朧とした頭で音がする方に目をやると──。
息子・虎蔵(仮)が笑っていた。
起きてよ、起きよーよ。そう言わんばかりに、ベビーベッドの手すりを握って揺すりながらニカーッとしていた。わたしがゆっくりと身体を起こすと、笑みは一層大きくなった。
許せん!──猛烈な怒りが込み上げてきた。
数時間前、わたしは我を失う寸前だった。脳髄を直撃するような甲高い絶叫。抱っこをしようが肩車をしようが委細かまわずジタバタを続ける手足。怒っちゃいかん。相手は赤んぼだ。そう言い聞かせて必死に保とうとしている理性の防波堤を、奴は問答無用とばかりに踏みにじった。
なのに、あそこまでひどいことをされたのに、ちょこっと笑顔を見せられたぐらいで──。
……デレデレなのである。
ほんの数時間前のことをケロリと忘れ、痛む四十肩で高い高いをしてしまうのである。
俺はガンジーか? ダライ・ラマか? ノーベル平和賞か?
ヨメよりも、虎よりも、俺は自分が許せん!
で、かつてはサッカー日本代表にまつわる記事で激辛どころか非国民とネット上で罵倒されたこともあるわたしは、怒り半分、ため息半分で思うのである。
もう辛口にはなれんな、俺。