家事は、かなりやっている部類に入ると思う。

 ……と書くと、「はあああっ?」と眉をつり上げるヨメの顔が目に浮かぶが、事実は事実である。わたしは、実によくやっている。何もしなかった自分の父親なんぞに比べると、表彰状どころか住んでいる目黒区から区民賞をいただいても差し支えないほどによくやっている。

 と、思う。

 きっかけは、今はわが家の破壊王と化しつつある息子・虎蔵(仮)がヨメの腹の中にいた頃にあった。

きっかけは妻のひどい「ツワリ」

 悪阻(つわり)がひどかったのだ。

 ちょこっと飲み過ぎるとその場で、あるいは明け方に体内の“オートリバース機能”が起動されるシステムになっているわたしの場合、吐くのは割と慣れっこで、なんだったら指など一切使わずにリバースすることができる。医学的にはよろしくないことなんだろう。が、苦しくもなんともない。

 ヨメの場合は違った。籠もったトイレから漏れ聞こえてくるのは、「あなた、リンダ・ブレアさんですか」と問いかけたくなるほどの凄まじい唸り声。ちなみにリンダ・ブレアさんとは現在は環境保護団体シーシェパードの熱烈な支持者にして、懐かしのホラー映画『エクソシスト』で首がぐるりんと回転してしまう少女役を務めた女優さんである。

 しかも、一度リバースすれば即飲み直しが可能なわたしと違い、ヨメはリーガン・マクニール(を演じるリンダ・ブレア)並みにグッタリな時間帯が長く続く。これはさすがにいかん。そう思ったわたしはまず「これからは洗い物は全部俺がやるから」と申し入れ、悪阻の悪化が進んでからは食事も作るようになった。自分の食事と、著しく食べられる物が限られてきたヨメのための食事。学生時代、今はなきCASA港南台店で「奥様料理教室」の講師を務めたこともあるわたしである。これぐらいのこと、なんてことはない。

 だが、この時のわたしは気付いていなかった。譲歩は、謝罪は、相手をつけ上がらせることもあるという国際社会の常識が、わが家においてもそのまま通用してしまうことに。