炊事は自信があった。自分でもジャガ芋の皮剥きの手つきや料理の段取りは、包丁さばきの危うい妻よりは数段上だと思いながらつくっていた。でも、今にして思えばこれが妻の作戦だったのだろう。能ある鷹は爪を隠す。僕は試合に勝って勝負に負けた。

 こうして僕は家事ができる夫になっていった。これを世の人々は「女房の尻に敷かれている亭主」と称する。男の都合優先に作られてきた価値尺度からみれば確かに僕のような男は異端者かもしれない。でも僕は胸を張って自らをこう称する。「女房の尻を下から支えて持ち上げている亭主」だと。

 だって二人で家事を分担し協力しないと成り立たないのだから。「男だ」「女だ」ではなくて、そのときできるほうがやるしかないのだから。これが我が家の家庭内合理主義なのだ。

脳は褒められたがっている

 うちの夫が特別おだてに乗りやすかったわけではありません。その証拠に、科学的な根拠を紹介しておきましょう。

 リハビリには褒めることが有効だというデータがあります。脳は褒められたがっているのです。

 カリフォルニア工科大学の研究によると、ある運動の結果褒められると、脳は報酬系が活性化し、その運動をつかさどる部分にドーパミンという神経の成長をうながす物質を送り込みます。するとその部分の神経が発達し、結果として褒められた運動が上達したというのです。

 もし「ある行動をとればいいことがあるぞ」ということに脳が気づくと、脳は自分がそのことをより効率よく的確にやれるように自分を変えていくのだそうです。脳はそういう柔らかさを持っているのです。

 なお、褒めることによる効果を高めるポイントは、「改善点を具体的に挙げて褒める」「すかさず褒める」の二点となっています。(NHK特集「脳がよみがえる」より2011年9月4日)