2015年4月に施行された「子ども・子育て支援新制度」は、果たして待機児童問題を解消し、少子化を止めることができるのでしょうか。そして、埼玉県所沢市などで問題となった育休退園の行く末は?
保育園を取り巻く問題が山積する今、若き社会学者・古市憲寿さんが著書『保育園義務教育化』(小学館)で「保育園の義務教育化」を提唱し、一石を投じました。内閣府「少子化大綱」の委員であり、少子化や男女共同参画などをテーマに活躍する少子化ジャーナリスト・白河桃子さんが、2回にわたって古市さんの真意に迫り、日本の未来を語り合います。
「お母さん」に基本的人権は与えられていないのか?
DUAL編集部 お二人は、これまでにも雑誌の対談などで面識があったそうですね。今年7月に古市さんが出版された『保育園義務教育化』に、白河さんはかなり驚かれたということですが。
白河さん(以下、敬称略) 本当に驚きました。これまで「結婚とか興味ない」とおっしゃっていましたし、まさかこの分野をテーマに選ばれるとは。こうした問題提起は、誰がどのタイミングでするかがとても重要です。古市さんが声を上げたことで、私は「ついに黒船が来た!」と思いましたね。
古市さん(以下、古市) 個人的には今でも子どもが大好きとか、結婚したいとかいうわけではありませんが、少子化についてはずっと関心がありました。それに、僕も30歳になって、妹や友だちに子どもが生まれはじめました。はたと周りを見渡してみると、子育てをしている親、特に「お母さん」を取り巻く状況が異様なことに気がついた。公共交通機関を利用すれば白い目で見られ、子どもを預けて仕事をしたり旅行をしたりすると母親失格かのように言われる。「お母さん」は、基本的人権さえ認められていないようです。
白河 私のようにこの分野に長く関わっている人間や、DUAL読者のみなさんのような当事者が同じことを発言しても、「またか」と思われてしまいがちですが、男性で子どものいない古市さんが全く違う角度から発言してくださると、女性の言えないことが言えますし、影響力も大きいですよね。
古市 赤ちゃんが産まれた途端、みんなの関心は赤ちゃんに集まって、お母さんに無関心になりますよね。今、少子化とか労働力不足とか大騒ぎしていますが、その2つの問題を一度に解消してくれる大きな可能性を持つのが母親です。ところが母親は、保育園探しで苦しんでいる。この状況を政治がなんとかしないと、子どもが増えるはずがありません。
「保育園義務教育化」が日本の少子化を変える
白河 まさにその通りですね。今回、古市さんの提案の一番のポイントは「保育園義務教育化」というコンセプトにあります。以前取材したフランスでは、2、3歳から全員がこども園に入ることができ、その後大学卒業まで無料で進学できます。ヨーロッパでは仕事も結婚も流動的なもので、その両方がなくなったとしても、子育てだけは大丈夫と国が保障しています。子どもを安心して産める環境が整備されています。
古市 僕は大学在学中に1年間ノルウェーに留学して育児政策や少子化の問題を学び、卒業論文もノルウェーの育児政策について書きました。子どもが1歳までは約80%の給料が支払われる育児休暇があり、1歳以降は保育園へ入れるのが当たり前。ほぼ無償で保育園から大学まで進学できます。ノルウェーは特に労働力が少ない国で、男女ともに働かないと国が回らない中でそういう仕組みをつくってきたんです。日本も今、同じような状況に近づいています。
白河 少子化問題は、複合的にいろいろな政策にまたがって進めなくてはならないので、とても難しい。どこのスイッチを最初に押せばいいかという議論が必ず出ます。そこで、古市さんの「保育園義務教育化」はとてもわかりやすいですね。
古市 義務教育となれば、全員が入れるようにしなければいけません。まず待機児童問題の解消につながります。また、教育経済学によれば、5、6歳までに非認知能力(努力、意欲、自制心などの人間として生きていくために必要な能力)を伸ばすことが非常に大事だと分かっています。昔の日本は、家庭や地域でそういう力が育まれてきたけど、今は難しいですよね。その時期を保育園で過ごすことはとても大事です。