「不妊」とはWHOの定義によると、「避妊をしていないのに12カ月以上妊娠に至ることができない状態」。特に働きながらの不妊治療は、周囲にも相談しづらく、仕事にも影響を及ぼす可能性があるだけに、実は体験者の生の声が聞きたいという要望が編集部に数多く寄せられています。

そこで、不妊治療専門医の黒田優佳子先生に患者さんをご紹介いただき、「不妊治療専門のクリニックは『妊娠率』だけを基準に選んでいいのか」「顕微授精にはどんなリスクがあるのか」などのテーマを交えながら不妊治療について聞きました。(以下の人名は仮名)

今回は、東京都内で共働きをする山本哲也・久美子夫妻(ともに34歳)の<後編>。山本夫妻は、お互いが32歳のときに結婚、1年後に不妊治療を開始し、一度は子どもを断念したものの、現在、4院目の黒田先生のクリニックで治療を再開したところです。

「以前通っていた有名な不妊治療専門クリニックでは、不妊の原因が何なのか、どこで治療をやめるべきなのかといった具体的な指針が全く示されないまま、ただ同じように顕微授精が繰り返されるという、終わりの見えない状態に入り込んでしまった」と言います。今までの治療に費やした費用は累計400万円。「子どもを授かった親にとって、その医師は“神”。通ってきたクリニックを責めるつもりは全くない。でも、ただ同じ治療を繰り返していても全く意味がないことのみならず、これから治療を始める人に、ぜひ知ってほしい不妊治療における正しい知識・情報を公開します」

<後編>では採卵後すぐに患者を帰宅させるために、言い換えれば患者用ベッドを素早く回転させるために、採卵時に麻酔もかけない3院目のクリニックに耐えきれず、治療を断念。しかしその後、臨床精子学を専門とする黒田先生のクリニックで治療再開に至るまでと、黒田先生から初めて聞いた顕微授精のリスクなど、これからの不妊治療について思うことを語っていただきます。

「機械的な扱い」を覚悟で選んだ3院目。麻酔なしの採卵は拷問のような激痛

久美子さん(以下、敬称略) 2つの病院を経て、次に通院する3つ目のクリニックを探すとなっても、よりどころとなる正確な情報はあまりありませんでした。インターネットや雑誌を見ながら、夫婦で「どこに行けばいいのだろう?」と途方に暮れました。2院目もネットなどでは「かなりいい」と評判だったところでしたので……。

 そして選んだのは、大規模院で世間からの評価が大きく分かれるクリニックでした。医師からの詳しい説明は一切ない、あえて治療をシステマチックにして数多くの患者を受け入れ、費用を低く抑える。「それでもいい」と、ある程度機械的な扱いを受けることは覚悟して通い始めました。

DUAL編集部 2院目のクリニックと比べて、まず何が同じで何が違いましたか?

久美子 診察する医師が毎回違うことや、治療内容もマニュアル化されていて「この数値が出たら、こんな治療を」と機械的に進められていることなどは、前のクリニックと同じでした。しかし、採卵時に一切鎮痛薬を使わないという方針が違いました。

―― 採卵は、卵巣に針を刺して行うのですよね?

久美子 はい、卵巣の様子を超音波でモニターしながら針を刺し、卵子を採るという作業が採卵です。前のクリニックでは飲み薬を飲んだり麻酔の注射をされたりと、かなりぼーっとした状態で行われていましたので、採卵時の恐怖感は軽減されていました。

 無麻酔採卵の理論としては、採卵は短時間の処置であるため、薬が効くか効かないかの時間内で終わってしまう。針を刺すという意味では、麻酔の注射も同じである。麻酔しなければ、午前中に採卵しても午後は仕事に戻れるため、働く女性にはより好都合であるという説明でした。

―― 実際、いかがでしたか?

久美子 採卵の作業に時間がかかる場合もありますし、採卵時の恐怖感や出血、痛みに関しては個人差があるのかもしれませんが、私にとっては拷問に近い痛みでトラウマになってしまいました。

 噂には聞いていましたが、実際に経験してみると、その痛さに驚きました。これほどまでに人間扱いされず「それでも妊娠したいから来ているんでしょう?」と上から物を言われている感じが常にして。その1回の採卵で、体も心も「こんなにひどい目にはもう遭いたくない」と。

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